JSUG山口:今回、SAP S/4HANAクラウドをグローバル展開した目的や狙いをお聞かせください。
福嶌氏:まず背景としては、弊社の創業者が掲げた「創業100周年、10兆円企業を目指す」という大目標を実現するために、事業の海外展開を加速させていくことが不可欠でした。そのような状況で私たちは、海外展開にスピード感を出し、会計ガバナンスを効かせることが可能なシステムの導入を検討する必要がありました。これを実現するためのシステムを考えた結果、「機敏さ」と「ガバナンス」の両立が可能で、新たに海外拠点を立ち上げたその日から稼働できそうなシステムということで、SAP S/4HANAクラウドを採用しました。
JSUG山口:いろいろあるなかでS/4HANAクラウドに決めたと。
福嶌氏:そうです。当社では2012年に大和ハウス本体へSAP(ECC6.0)をオンプレで導入し、国内の主要グループ会社へも展開を拡げた状況で、2022年8月にはS/4HANAへも移行を完了しました。しかし、これと同じ仕組みを海外へは展開するには、各国対応の難しさやスピード感に欠けます。また小回りの利くシステムをイメージしていたため、少し規模が大きすぎたのです。だからSAP S/4HANAクラウドがちょうどよかったんです。
JSUG山口:S/4HANAクラウドを導入したことで、どのような効果が生まれましたか?
福嶌氏:大きく3つのことが実現しました。1つ目は当初の想定どおり短納期で展開できたことです。当初は導入まで3か月を見込んでいましたが、最近では1か月強で展開できています。2つ目は標準化した(統一した)業務フローやツールにより、人の異動が容易になると思っています。そして、国を超えてユーザ同士の意見交換ができたり、協力することができるようになりました。3つ目はコロナ禍で実感したように、場所を選ばず業務できることで、テレワークを推進できました。正直なところ、現地の国に特化した簡易なツールに比べれば、使いやすさの面では現場のエントリー業務負荷は増えているかもしれません。しかし、前述の3つのメリットから受けている恩恵の方がより大きいものになっていますね。
JSUG山口:100周年に10兆円企業を目指す。その全体最適を問いた際に出した答えが、S/4HANAクラウドのグローバル展開だったんですね。
JSUG山口:何だかトントン拍子に物事が進んだように思われますが、導入時の苦労や課題はなかったのですか?
福嶌氏:導入に当たっては先ず、本当に使えるかどうか評価するために2017年10月からPoCを行いました。しかしデモ環境でできることは限られていたんです。一応PoCは予定通り終わったように見えますが、計画した内容を検証するためにはQシステム(検証環境)が必要だったので、そのフェーズでできることは限られていて完了した感じです。そのため次の展開テンプレート構築フェーズで検証の残りを実施し、1か月遅延する結果となりました。なかでも苦労したのがSAP OSS(Online Service System)とのやりとりの部分ですね。当時は未だ申請フォーマットが定まってなくて手戻りが発生したり、インシデントの優先順位についても「まだ本番運用しないでしょ」ってことで後回しにされていたんです。
JSUG山口:切迫した状況が伝わらない、スピード感が違うと歯がゆいですよね。
福嶌氏:あくまで導入当時での話ですが、S/4HANAクラウドもリリース間もないころだったので、とにかくやりとりの部分で時間を要しました。これらを打破するためにSAP社の海外責任者の紹介を受けたり、直接開発チームにルートを作ったりしてもらい、地道な努力を重ねて解決していきましたね。
JSUG山口:こういったチャレンジする上で、どのような気付きや発見がありましたか?
福嶌氏:展開作業に関しては、作業の標準化やテンプレート化を、当初から実行してきたため、最近では内容も精査され、導入作業スピードも1か月強くらいで展開可能になってきています。
JSUG山口:1ヶ月強とはすごいですね。
福嶌氏:また、バージョンアップも現状は6か月ごとになってますが、当時は3か月ごとに有無を言わさず更新されていきました。システムも安定していなかったため、確認や対応に手間取ったところもりましたが、我々の確認作業もチェックポイントの精査や、自動検証ツールの導入などで作業軽減を図って、問題なくこなしていけるようになりました。
JSUG山口:S/4HANAを導入していく際に、業務を標準パッケージに合わせる。これは業務の変革も必要で、現場との調整等も相当苦労があったのではと思います。どのように対応したのですか?
福嶌氏:これまで2019年からアジアの国々とオランダ、オーストラリアでS/4HANAクラウドを展開してきました。当然、これは現場の納得感や協力なしでは実現できません。まずは管理部門のトップや導入先の経営陣に短納期で導入することの意義やメリットを理解いただきました。それを実現する必須条件としてFit To Standardの方針にも同意いただき、推進のうしろだてにもなってもらったんです。そして粘り強く、現場にもメリットを理解していただくよう努力したことに尽きると思います。
JSUG山口:目的をしっかり共有し、丁寧に説明を繰り返し、周りの協力を得てこられてきたと。重みがありますね。
福嶌氏:基本的には会計機能のみの導入なのですが、オーストラリアについてはロジスティクス機能も導入しています。それと中国に関しては、同時に導入した業務システムとの連携も行いました。この2拠点の事例を例に補完した内容をお伝えします。
JSUG山口:ではオーストラリアの事例からお願いいたします。
福嶌氏:オーストラリアでは、新たな試みとしてアウトプット用に用意されているビューを活用しました。SAP CP(SAPクラウドプラットフォーム)、現状だとBTPに包括されている感じですかね、それを活用して、アウトプットを作成しました。その背景には、オーストラリアで行っている分譲不動産の管理が非常に大変になったため、PSやSDも活用して導入しようとなったんです。
JSUG山口:なるほど。
福嶌氏:当時はまだ、PSが既存のECCやS/4の機能の半分も実装されておらず、決済処理ができない、SDとWBSの紐づけができないなど、いろいろと課題が出ていました。今後のバージョンアップ予定はあるとのことだったので、それに期待しつつ、まずは使えるところから工夫して使っていくために、データをきちんとして管理していくという観点から導入していきました。しかし、さすがに管理ツールなしでは業務もできないので、SAP CPでのレポート提供を行ったのです。下記の図が原価管理の実現イメージで、上段が標準機能、下段が今回提供した機能です。赤枠で記載した部分に運用上で影響、考慮が必要でした。振替機能や配賦機能がないため、それを手作業でバッチインプット登録するための元データをアウトプットしていきました。
JSUG山口:この部分も新たなSCPを活用されての開発ということで積極的にチャレンジされている姿はご覧いただいている皆さんに、福嶌さんのエナジーがビシビシ伝わっていると思います。もう一方の中国拠点についてはどんな取り組みをされたのですか?
福嶌氏:中国では、賃貸マンション管理の業務として、入居者からの入金情報や設備保全の発注、実施情報など、業務システムの刷新とデータ連携を行う必要がありました。そこで新たに導入するクラウドサービスツールを業務機能とし、S/4HANAクラウドは会計領域のみの導入というように役割を分けました。 業務システムとの間での半自動の仕訳連携機能を構築し、効率化とガバナンス強化を行いました。
JSUG山口:最後に、S/4HANAクラウドについての今後の展望を教えてください。
福嶌氏:SAPさんには、どんどん機能を強化していただくのはもちろんなのですが、弊社の基本的なポリシーとしては、S/4HANAクラウドの標準機能のみで展開を進めていきます。その上で、SCPについては、BTPへの契約切り替を行いたいなと考えています。BTPの機能についてはまだ調査中の段階なのですが、例えばワークフロー機能などを使って、データエントリ時の承認強化を図るなど、うまく使ってガバナンス強化につなげられたらなと。またRPAやローコード、ノーコードの開発機能を活用してエントリー業務の効率化などにも使えるのかなと期待したりしています。そして今後も展開拠点を増やしても、標準化された仕組みで、柔軟な人員配置を行うとともに、データ収集を整備してヘッドクォーターとしての管理強化も実現したいですね。すでにセントラルファイナンスも導入しているのですが、まだまだ環境構築や活用できるまでに至っていないため、早期に全体の見える化を進めて事業推進につなげていきたいです。
JSUG山口:最後に導入を進めるにあたって行われた御社独自のユニークな取り組みなどがあればお教えいただけますでしょうか。
福嶌氏:うち独自というわけではないとは思いますが、弊社では展開時の主体が情報システム部門だけではないということです。展開拠点を決めるのはユーザ部門なのはもちろんなのですが、展開作業のプロジェクトもユーザ部門内に積極的に推進するチームが存在して、私たち情報システム部門と一体となって作業しています。こうした体制にすることで、単にシステムツールの導入というだけでなく、業務面やその先のビジネス面としての活用観点でプロジェクト全体が捉えられるようになり、ゆくゆくは会社全体のあるべき姿といった方向性につながる取り組みになっていくことだと思っています。
JSUG山口:そうですね、素晴らしい事例ですね。これは我々ベンダーもお客さまとワンチームで、しっかりと共通の目標に向かってプロジェクトに取り組むこと。これが成功のカギになると思いました。本日は貴重な事例や体験を披露いただきまして、誠にありがとうございました。
福嶌氏:ありがとうございました。