経営ダッシュボードを活用したデータの一元化で
素早い経営判断と「予知型経営」を実現
ヤマハ発動機が目指す「データドリブン経営」の姿とは?
拠点ごとの“地産地消型ビジネス”からの脱却
創業約70年の歴史を持つヤマハ発動機は、さらなる企業価値の向上を目指した長期的なデジタル・トランスフォーメーション(DX)プロジェクト「Yamaha Motor to the Next Stage」を推し進めている最中である。
ヤマハ発動機は北米や欧州、アジア、中南米をはじめ、世界各国に140以上の生産・販売拠点を構えているが、連結売上高の海外構成比が90%以上と、グローバルメーカーとしてこれまで“地産地消型”(=個別最適)のビジネスモデルを推進してきた。つまり、拠点のリーダーが強い権限を持ったうえで、各国での市場価格に見合うコストで現地生産し、そのなかで成長を続けてきたという背景がある。一方で、主要事業の市場が成熟を迎えるなか、企業価値を向上し、さらなる事業成長を図るためにも、グローバルで全社最適化された経営コントロールが必要不可欠になった。また、システムやデータはサイロ化し、拠点のみに存在する本社では見られないデータや、収集したタイミングや加工の仕方によって、本社と拠点で見ている数字が異なるケースもあったという。
トレンドや市場の状況が刻一刻と変わる中、ガバナンスを効かせるためにも、個別最適からグローバルでの全体最適を変えていかなければならない。
そこでヤマハ発電機は、経営判断に必要なデータをOne Fact One Placeとして一元化させるための、徹底した“見える化”に向けたDX基盤づくりをスタートさせた。
経営層の強力なコミットを含めた社内体制
ヤマハ発動機は、長期的なDXプロジェクトを推し進めるうえで、「マネジメント10の原理・原則」を定義した。このなかには《お客様を中心に据えた『見える化』と、フィードバックの仕組み化を施す》、《グローバルで標準化すべきことを定義してオペレーションを統一する》など、同社がさらなる事業成長を目指すための、マネジメントスタイルとシステムの変革についての原理・原則が掲げられている。
そして、この「マネジメント10の原理・原則」をベースに、ヤマハ発動機がまず着手したのが、経営のスピードアップと「予知型経営」の実現だ。これは、同社の長期的なDXプロジェクトにおけるファーストステップ「経営基盤改革」(Y-DX1)に該当する部分だが、徹底的なデータの“見える化”と“一元化”により、経営における意思決定の迅速化を目指すというもの。また、デジタル技術を駆使した予測データ(示唆モデル)から着地点を見通した上で、目標達成に向けたアクションに繋げる経営を目指した。さらに、情報伝達や共有工数を削減させることで、経営リソースを成長領域へシフトさせる計画だ。
実際に本プロジェクトを進める前には、社内の組織体系の構築や役割定義にも徹底的に拘った。そこには経営層を強力に巻き込むことも含まれており、“現場任せのIT変革”にならないように、業務改革を全社最適で推進していく専任組織としてビジネスプロセス革新部を設立。社長直下にIT部門と業務部門がタッグを組むことで、経営層と現場がスピーディに意見交換できるような体制を整えたという。
「ヤマハモータービジネスダッシュボード」で迅速な意思決定を図る
こうした下準備を経て、ヤマハ発動機は、2022年に新たな社内システムとして「ヤマハモータービジネスダッシュボード」(以下、YBD)とグローバル連結会計システムを稼働開始させた。IT基盤としては、SAP社のエンタープライズデータウェアハウスパッケージ「SAP BW/4HANA」と、情報活用に必要な機能を提供する分析クラウドソリューション「SAP Analytics Cloud」、そしてグローバル連結会計管理ソリューション「SAP Financial Consolidation」を採用している。
YBDでは、たとえば月次データとして、財務・管理会計データや卸、小売、在庫などの台数、一部モデル別の台数などの部門データをグローバルに各拠点から収集することでタイムリーに状況を把握できる。これにより、拠点ごとにバラバラに点在していたデータを一元化。グローバルで統一されたKPIをベースに、迅速な意思決定とアクションが行える環境を実現した。これについて、ヤマハ発動機のビジネスプロセス革新部・櫻井氏は「今までさまざまな事業や拠点の担当者に相談しなければ手に入らなかったデータですが、YBDにアクセスしさえすれば、必要なときに、見たい粒度で、いつでも欲しいデータを手に入れる事ができます。それだけでなく、自動的にビジュアル化された分析結果を簡単に確認できることは非常に効率的であり、ヤマハ発動機として大きな変化になったと思います」と語る。
YBDとグローバル連結会計システムの構築を支援したのは、多くの製造業の業務や財務経理変革の知見、グローバルでのSAP導入の経験を有する日本IBM株式会社。システム構築に際しては、どのような「意思決定アラート」をダッシュボードに表示させるか、素早い意思決定を意識して構築したディシジョンメイキングモデルをベースにKPIツリーを作成。各拠点の責任者が同じKPIを参照し、そしてKPIごとに定められたアクションを着実に検討・実行できるようにした。
現在でも「シンプルを力にヤマハ発動機を強靭にする」をコンセプトに両社で議論を重ねながら、進化・変化している市場ニーズやユーザーの使い勝手に拘った「YBDの高度化」に取り組んでいる最中だ。直近では経営陣からのニーズに特化した“サマリ版レポート”をリリース。サマリ版レポートでは、たとえば月次仮決算時に、累計以外にも月次や四半期ごとの情報が簡単に確認できるようになっている。さらに、従来「Microsoft Excel」がベースだった「拠点長報告マンスリーレポート」も、YBDへの取り込みが完了して2024年から運用を開始している。これまでは各拠点が独自フォーマットで本社に報告書を提出していたが、YBD化に合わせてフォーマットを統一。定量データはYBDに集約された数値を自動反映させることで入力する手間やヒューマンエラーを無くし、定性データも入力できる仕組みを構築することで数値の根拠や理由と合わせて全社視点での分析ができるようになった。
YBDをフル活用して、会議を「アクション討議の場」に
ヤマハ発動機は最終的に全拠点へERPを導入する予定だが、先行してYBDおよび連結会計データベースを稼働させた背景として、櫻井氏は「ERPがすべての拠点で導入完了するまでには、まだまだ時間を要します。そんな中、いつコロナのような大きな影響や、市場ニーズの急激な変化が起こるか分からない昨今、機敏に対応するには迅速な意思決定が必要です。それを実現させるためにグローバルな経営基盤として連結データベースを先行して開発しました。ただし、ダッシュボードをリリースするだけでは意味がありません。とにかく触って、そして慣れる。そこから新たなニーズや新たな価値が生まれますので、そちらを吸い上げて更にアップデートさせてYBDの進化を継続させます。ERPが順次YBDに連携されるまでの期間も無駄にしない狙いがありました」と語る。
今後の展開として、ヤマハ発動機は、従来の会議を“課題認識”の場から“アクション討議の場”に変え、経営意思決定のサイクル早期化を目指す。さらに、ただデータを見やすい状態にするだけでなく、それらをどのように活用すべきか、グローバルで日々起きているビジネスの情報を的確かつ迅速に入手し、未来方向への経営を実現していくために、引き続き日本IBMと協働して取り組んでいるそうだ。
冒頭でも触れたように、YBDの構築・活用は、ヤマハ発動機における長期的なDXプロジェクトの第一歩目に過ぎない。今後、同社のITシステムがどのように変化し、業務が変革されていくのか。ヤマハ発動機と日本IBMによる挑戦に、今後も注目したい。
導入企業
ヤマハ発動機株式会社
創立:1955年7月1日
資本金:861億円(2024年6月末現在)
従業員数:連結:53,701名 単体:10,366名(2023年12月末現在)