日本ゼオンが目指す経営管理DX
経理業務の一元管理と可視化で
業務効率化と組織変革を実現
中期経営計画「STAGE30」の下で推進する経営管理DX
日本ゼオンは1950年に創業し、70年以上の歴史を重ねてきた化学メーカーだ。1959年に国内で初めて合成ゴムの生産を開始して以来、エラストマー素材の分野において独創的な技術による製品群を提供してきた。現在はもう一つの事業の柱として高機能材料にも注力しており、スマートフォンの内部で使われている光学特性に優れた高機能樹脂やプラスチックフィルム、電子材料、リチウムイオン電池材料などの製造販売を手掛けている。2022年度には連結売上高3886億円、連結経常利益314億円を達成し、世界19カ国・地域に55社のグループ会社を展開するグローバル企業となった。
同社は現在、サステナブル社会に向けたさらなる成長を目指している。21年度からスタートした中期経営計画「STAGE30」では、30年のビジョンとして「社会の期待と社員の意欲に応える会社」を掲げるとともに、社員全員が心掛けるモットーとして「まずやってみよう」「つながろう」「磨き上げよう」の三つを示し、全社を挙げた新たな挑戦を進めている。この中期経営計画を推進する鍵となるのが経営管理のDX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みだ。
同社経営管理DX企画推進室の小竹裕室長は基本方針を次のように示す。「変化が激しく不確実性の高い事業環境において、最新のデジタル技術を活用した業務効率化と経営管理高度化を徹底して追求し、それを通じて新たな価値を創造・付与することで、企業価値の向上を目指します。具体的には『電子化・可視化・一元化』から取り組みを開始し、『標準化・効率化・自動化』へとステップアップを図り、さらには『データの利活用や高度化』へと進めていくことで目標を達成します」(小竹室長)
リモートワークへの対応や業務の把握が課題
経営管理DXへの最初のステップとしてスタートした「電子化・可視化・一元化」だが、そもそもどのような背景があってこれらが求められているのだろうか。同社経営管理部経理グループの兒玉隆志グループ長は「業務面と組織面という二つの観点からの課題がありました」と語る。業務面の課題は、リモートワークを前提とした業務管理だ。「当社はコロナ禍をきっかけに経理業務を在宅勤務に移行し、現在も継続しています。しかし十分な環境整備ができていないまま各メンバーが離れて業務をするようになってしまったため、一人一人の業務の進捗状況がどうなっているのか、適切な手順が守られているか、効率的に作業ができているかなどが把握しづらい状況に陥っていました。また監査対応についても、資料の提出作業のほか、監査人に対してすでに行った説明を別のメンバーが繰り返すといった、無駄なやりとりを解消できないかと感じていました」(兒玉グループ長)
一方の組織面の課題は、一人一人の担当業務が可視化できていなかったことである。「誰がどの業務をどのくらいの期間実施しているのかを明確に把握できておらず、特定メンバーに負荷が集中してしまい、業務が停滞する弊害も起こっていました。在宅勤務に移行して他メンバーの状況が見えづらくなったことで、この問題がさらに顕著になっていたのです。また中期経営計画の目標達成を目指した人材補強策として経理部門では中途採用にも注力しているのですが、新たに加わったメンバーにいち早く当社の業務にキャッチアップしてもらうためにも、業務を一元管理して可視化する必要がありました」(兒玉グループ長)
電子化・可視化・一元化の先も見据えてBlackLineのタスク管理機能を導入
この課題解決に向けて日本ゼオンが注目したのがBlackLineである。「初めてBlackLineを知ったのは19年です。当時から経営管理の高度化や経理財務業務変革に向けた情報収集を始めており、その一環としてSAPジャパン様のご協力で開催した社内勉強会で、BlackLineを紹介されました。それからしばらくして、業務の『電子化・可視化・一元化』というテーマが設定された中で、あらためてBlackLineに目が向いたのです」(小竹室長)
同社経営管理部経理グループの杉本昌史氏は「経営管理部内でワーキンググループが立ち上がり、タスク管理のさまざまなツールを検討していた中で思い出したのが、社内勉強会で学んだBlackLineだったのです」と語る。具体的に、BlackLineのどのような点が課題解決に役立つと考えたのだろうか。「経理業務には当然ながら内部統制が義務付けられており、外部監査にも効率よく対応していかなければなりません。そもそもタスク管理による業務の『電子化・可視化・一元化』は最初のステップにすぎず、その後の『標準化・効率化・自動化』や『データの利活用や高度化』へスムーズにつなげられることこそが重要です。こうした対応はExcelや一般的なタスク管理ツールではまず不可能ですが、『BlackLineならできるのではないか』という考えが、経営管理部全体の総意として固まっていきました」(杉本氏)
こうして同社は21年9月にBlackLineのタスク管理機能の導入を決定した。
とにかく“場”に出すことが重要
それからわずか5カ月後の22年2月に、日本ゼオンはBlackLineの本番稼働にこぎ着けた。これまで通常のプロジェクトでは1年半から2年程度の期間を要していたことを考えれば、今回のBlackLine導入のスピードは同社にとって画期的だ。「まずやってみよう」という会社が掲げるモットーが浸透してきた証しだろう。「経理の実務を担っている現場サイドの意見を吸い上げながら、より良い仕組みに育てるためにも、とにかく“場”に出して試しに使ってもらうことが重要と考え、リリースを優先しました」(杉本氏)
まずは月次や四半期の決算タスクのみを対象とし、各メンバーが抱えていた業務をリストアップすることから作業を開始。所定のExcelフォーマットに業務の目的、手順、想定される所要時間などを入力し、BlackLine上にタスクを作成した。加えてタスクに関連するコミュニケーションは必ずBlackLine上でメンションを付けて行うことにして、成果物や関連するメールを添付するなど、情報を一元化・可視化する形で導入を進めていった。このように必要最低限の機能に絞り込んで実装を進めることで、同社は短期導入を実現したのである。これには今後の定着化に向けた狙いもあった。「最初からあまりにも細かいルールを定めてしまうと、誰にも使ってもらえなくなる恐れがあります。そこで、導入フェーズの工夫として皆にまず使ってもらうことを優先しました。タスク管理ツールを使わなくても経理業務自体はこなせてしまうだけに、これは非常に重要なポイントです」(兒玉グループ長)
ツールを使うことを第一目標にして導入を進めたことで、個々人のタスクの作業進捗をBlackLine上にグラフで可視化し、一元管理できるようになった。またタスクに紐付ける形で作業手順や担当者と承認者のコミュニケーション履歴も可視化して残せるようになったため、過去にどのような手順で業務を進めてきたのか、承認者とどんなやりとりがなされていたかといった内容を、新たに業務を担当することになったメンバーがすぐに把握できるようになった。
きめ細かなサポートで取り組みのバラツキに対処、業務時間を約10%削減
とはいえ、新たなツールを導入した際に必ず起こるのが、仕事のやり方を変えることへの抵抗感だ。同社も例外ではなかったという。噴出した不満の多くは入力作業に関するものだ。BlackLineに登録するタスクによっては、これまで個々人の独断で決めていた作業手順をあらためて文書化しなければならないなど、手間がかかる場合もある。そうした中で「これまでできていたことをわざわざBlackLineで管理する必要があるのか?」「いま忙しいので時間に余裕ができたら対応する」といった声が寄せられ、利用状況の進度にはバラツキが生じてしまった。そこで導入フェーズにおける二つ目の工夫として徹底したのが、BlackLineの利用を疑問視する声に対するきめ細かな対応である。「経理グループ内の各チームにBlackLineの導入支援を行う担当者を配置し、利用が進んでいるチームの事例を紹介するほか、逆に利用が進んでいないチームの声にも耳を傾け、どんなところが障害になっているのか、なぜうまく進められていないのか細かく意見を収集・確認していきました。この情報を基に現場が困ると予測されるポイントを先回りしてサポートし、ユーザーができるだけ楽に利用できるような支援を丁寧に繰り返して実施してきました」(兒玉グループ長)
この地道な活動が功を奏し、多くのメンバーの納得を得ながらBlackLineの利用は大きく前進したのである。「結果として決算タスクを基本として予算や税務などの導入支援の担当者を設けて社内への浸透を促す。
経理業務の一元管理と可視化で業務効率化と組織変革を実現定型業務に関するタスクの90%以上(23年12月時点)が入力されるようになり、BlackLineでの一元管理を実現できています」(杉本氏)
定着が進んだBlackLineは、すでに多くの効果をもたらしている。まず業務面では、リアルタイムでの業務管理が可能となった。加えて決算タスクを一覧把握した上で、個々のタスクについてその場で詳細内容を確認することもできるようになっている。定量的には、業務時間を従来の10%程度削減できた。「各メンバーの業務の進捗状況や作業負荷のバラツキが見えないといった課題は、BlackLineの活用によってほぼ解決できています。コミュニケーションもBlackLineベースで行えるようになったことから、在宅勤務に移行する以前よりもスムーズになったほどです」(兒玉グループ長)
また外部の監査人に対してもBlackLineの閲覧権限を付与することで、各タスクの成果物である決算資料の準備や提出に費やしていた時間を削減できているという。
組織面の課題も解決、さらに思いがけない効果も
組織面においても従来の課題を解決できている。「誰が、どのタスクを、どの程度の期間実施しているのかが全てBlackLineで可視化されているため、メンバーの異動があった際にもスムーズに対応でき、さらに担当業務のローテーションを計画的に行えるようになりました。また、作業手順をBlackLineへ詳細に記録しておくことで、中途入社のメンバーもいち早く業務に慣れることができ、環境変化に対して柔軟な対応が図れるようになりました」(兒玉グループ長)
BlackLineは思いがけない効果も同社にもたらした。BlackLineの定着に伴い、メンバーの間から「産休・育児休暇の取得に向けて業務の整理がつけやすい。家族の負担も減らせそう」「税理士試験対策のために試験休暇を取ったときも、一時的な担当者変更を楽に行え、キャリア形成の時間が確保できた」「急な異動や病気などによる欠員が出た際にも、業務分担の見直しによるリカバリーを簡単にできた」といった前向きな意見が寄せられるようになったのだ。「これらの現場からの声は、BlackLineの運用をさらに進めていけば担当部署の壁を越えて単体決算や連結決算、財務といった経営管理部が抱えている業務全体をサポートし合う組織へ変化していける、という期待を抱かせるものでした。一人一人の業務負担を平準化すれば仕事以外のこと、例えば自己成長に時間を割くことができるメンバーも増えていきます。そうした中で会社に対する従業員のエンゲージメントが向上していくのでは
ないかと感じています」(兒玉グループ長)
仕訳入力やマッチング機能などの導入で次のステップへ
もっとも、今回のBlackLineのタスク管理機能は、同社にとってあくまでも最初のステップにすぎない。前述した通り、業務の「標準化・効率化・自動化」や「データの利活用や高度化」に向けたステップを着実に進めていく考えだ。例えばタスク管理機能の適用範囲は今後、予算策定や見込策定など経理組織が実施する業務全体に拡大していく。さらにタスク管理機能に続いて、BlackLineによる仕訳入力やマッチング機能など、自動化・効率化に向けた新しい機能も引き続き導入していく予定だ。「具体的には、入金消込の自動マッチング機能を23年度内に稼働させるとともに、総勘定元帳(GL)の起票や仕訳にも対応する予定です。さらに24年度には海外グループ会社にも入金消込を展開させ、勘定照合機能の導入による単純作業の自動化も実現していきたいと考えています」(兒玉グループ長)
その先に見据えているのは、経理部門による経営やビジネスへの貢献だ。「引き続き当社はBlackLineの高度な機能を取り入れながら、より先進的な経理部門への変革にチャレンジしていきます。また、この取り組みを通じて、自分たちの業務を論理的に分析し、的確な判断を下すことができる人材を育てていきます。より広い視野と深い洞察力を持った有為な人材を輩出することで、経理部門が経営層や各事業部門にとっての真のビジネスパートナーとなり、会社の成長へとつなげていくことが、今後の私たちの使命だと捉えています」と小竹室長は、今後の経営管理DXに向けた道筋を展望している。
導入企業
日本ゼオン株式会 社
設立:1950年4月12日
資本金:242億11百万円(2024年3月末)
従業員数:連結:4,462名、単体:2,470名(2024年3月末)